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2011年4月のアーカイブ

真贋 PART 1

そもそも、暗いところにこそ、真実が隠されているのでは。
明るいからよくて、暗いからだめだという善悪二元論で考えると、物事の本質を見誤る恐れがある。
善悪二つのモノサシしか持っていないと、人間は非常に生きづらさを感じるもの。
科学技術が発達しても、人間の魂、精神が発達するわけではない。
まだまだ進歩を続け、人間の生活はますます便利になっていく。
現代というのは、文明や科学がどんどん発達していく一方で、人間の愚かしさがよりわかる時代かもしれない。
だから、いいことばかり言うやつが増えてきたら、ちょっと危ないときだと判断したほうがいい。
利を得ると同時に、毒もまた得ると考えたほうがいい。
毒というのは利と一緒にある。そして逆説的な言い方をすると、毒は全身にまわらないと一丁前にならない。
いい生き方とは、自分が持って生まれた運命や宿命というのがあるとすれば、それに素直に生きていくことではないかと。では、運命や宿命とは何かと言われれば、主としてその人と母親との関係で形成されてきたもの。
いいことを言うときには、何気なく、平気な感じで言ったほうがいい。逆に腕白な悪童のようなことを言うときには大きな声で言う。
いいものは好き嫌いで判断できない何かを持っている。
シンプルな基準を自分の中に持っていると、第一の利点として、まわりにふりまわされることが少なくなる。
身のまわりの感じを大事にする。
強弱は、重要なポイントになる。
これは俺にしかわからないよと感じさせるためには、自己が自己を劇化する、あるいはドラマ化するという客観性を持つ必要がある。
自己評価より低い評価を歓迎する。
人間というのは、表面的に見えてくる性格だけでなく、過去の育ち方が裏に隠されているもの。だから、人を見るときは、過去における人間関係や現在置かれている状況など、多角的な視点で見なくてはいけない。もっと言えば、母親と子どもの関係をもう少ししっかり考えるべきである。
最終的な責任は自分が負う。
人やものに対する判断や評価は、見ている側の心の解釈次第ですから、自分の考え方が絶対だと信じ込むのは危ないこと。
全否定も全肯定もなかなかできないもの。ただ、唯一全否定できるもの、悪と認めてはばからないものに戦争というものがある。
善玉だと思っているやつ同士が戦争をするわけだから、双方で理屈はいくらでもつく。
いい関係かどうかを判断する基準は、お互いが言いにくいことをきちんと言えるかどうか。
職を離れたら、人間としては平等、という発想が日本人にはあまりない。
人を見る上で大事なことを挙げるとすれば、その人が何を志しているか、何を目指しているかといった、その人の生きることのモチーフがどこにあるかということ。
文明の利器によって、距離がうんと近くなると同時に、見方によっては、うんと遠くなったのも事実。
日常生活のスピードと、才能や感覚といった進展の仕方、つまり円熟のスピードがちぐはぐになっている。
人間はたとえ金銭的に恵まれて、何不自由のない生活ができるようになっても、それだけでは精神的にすまないもの。

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はじめまして

はじめましてほった泰司(やすじ)と申します。
これからこのブログで活動報告をしていきたいと思いますので皆様よろしくお願い致します。

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