ホーム > アーカイブ > 2011年4月のアーカイブ

2011年4月のアーカイブ

選挙結果

4月24日(日)に行われました津市議会議員補欠選挙開票結果
投票率48.55%
投票者数 109928名
1 小林貴虎 37歳 30786票 自民党推薦
2 岩脇圭一 32歳 20992票 (民主党)
3 伊藤晴茂 59歳 15955票 減税日本推薦
4 中川民英 43歳 13907票 共産党
5 長谷川正 53歳 12858票 無所属
6 堀田泰司 36歳 6885票 無所属
今回の選挙で、小林貴虎さん、岩脇圭一さんの三十代の二名が見事当選されました。
これからが、たいへんですが、頑張って下さい。

  • コメント(閉): 0
  • トラックバック(閉): 0

税金をムダ使いしない政治の実現のため

公職選挙法で、明日17日(日)から、24日(日)まで一週間更新ができませんのでご了承下さい。
これが、最後の更新になります。
津市から待機児童をなくすため、明日からの一週間、じぶんの身体を使い、基本的には自転車移動で、挑みます。
津市の街のアチラコチラで街頭演説400回達成を目指します!
汗をかきます。声をからせます。
オレンジ色の“まず、津市から待機児童をなくします”のノボリを見かけたら、それは、私自身です!
いちばん心配で
いちばん大切な
津市の未来のために
では、皆様、一週間後に。

  • コメント(閉): 0
  • トラックバック(閉): 0

小林たかとらさん

小林たかとらさん (37歳)
4月24日に行われる津市議会議員補欠選挙に立候補を予定されています候補者の方です
歳も近いし、同じ選挙を戦う候補者として、今回の選挙で、個人的に協力できるところは協力しましょう、具体的には、選挙ポスターを分担して貼りましょう
と相談させて頂いたところ、了承して頂きました。
私の選挙を手伝って頂いているスタッフが少ないという話からの流れで実現しますが、当初は分担の話でしたが、実は、無条件に私の分を209ヵ所貼って頂けるということになりました。
言葉では言い表わすことができませんが、本当に感謝しています。
この場を借りて、お礼の言葉を申し上げます。
本当にありがとうございます。
これで、なんとか、ポスターを593ヵ所分貼れそうです。

  • コメント(閉): 0
  • トラックバック(閉): 0

切に生きる

201104062007000.jpg

“切に生きる”とは一瞬一瞬を一生懸命に生きること。過去のことを悔やまない、未来のことを取越し苦労しないということ。
生きるとは、生まれること。生むこと。
生きるとは、愛すること。

愛というのは、人を喜ばせること、人のために尽くすこと。そのためには、人が今、相手が今、何を欲しがっているかを見抜いて、欲しがっていることをしてあげて、いやがることをしないこと。
きっとあなたを必要とすることが見えてくる。あせる必要はない。
時が来れば、必ず呼ばれる。
それまでは、仕事をして生きていくこと。
そして、呼ばれたら、被災地にいくこと。
人を喜ばせたり、人のために尽くすこと。
何よりも、決して忘れないこと。
決して忘れないことこそが大切。
命ある限り。

  • コメント(閉): 0
  • トラックバック(閉): 0

石巻中学校

201104062055000.jpg

鈴鹿の業者さん達による炊き出しのボランティアがあったので、これはと思い、参加しました。
場所は、宮城県石巻市立石巻中学校。
時間は、4月6日(水)朝11時から、夜の8時過ぎまで。
内容は、とんかつ、ごはん、豚汁、鯛焼き、お好み焼き、1500人分以上。
結果、すべての食材がその日のうちに、無くなりました。
最後尾から三時間強の行列にもかかわらず、トラブルも一切なく、秩序、モラルの高さに感心しました。
家や家族、知人や友人、全てが流されている人たちなのに、秩序、モラルが守られているんです。
しかも、三時間も並んでもありがとうと言えるんです。
東北人は、スゴいです。本当にスゴいです。
日本人は、スゴいです。本当にスゴいです。

  • コメント(閉): 0
  • トラックバック(閉): 0

炊き出し協賛店

201104062049000.jpg

実行部隊 9名
・ケータリングサービス戦(いくさ)
・ナニワテンシンドウ
・ナインゲートバーガー
・trattoria TOTTI
支援業者
・(有)丸八食品
・肉の田彦
・大黒ソース
・バトルファクトリー
・リトルウィングガレージ
・レーシングサービスライジョウ
・Hie Racing
・ムイチキ
・スワローテイル
・スクーデリアオクムラOB会
・ジャミラス
・タコス屋サリー
・クレープデフィ
・シャムロックカフェ
・マンマミーア
・ヤミー

  • コメント(閉): 0
  • トラックバック(閉): 0

東日本大震災について

東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
被災者の皆様には、心からお祈り申し上げます。
一日も早く復興されますようお祈りいたします。

  • コメント(閉): 0
  • トラックバック(閉): 0

SAVE THE CHILDLEN

今ここで問いたい
絶望に打ちひしがれた世界を
誰が心から気遣ってくれるんだい?
誰が注意を払ってくれるのだろう?
そのうち、歌声すら聞こえないような世の中になってしまう
花は咲くことなく、鐘の音も鳴り響かない
誰が気に留めてくれるだろう?
消え失せようとしているこの世界に
喜んで救いの手を差しのべてくれるのは一体、誰なんだい?
世界の状況を目の当たりにすると、悲しい気持ちでいっぱいになるよ
今、目の前ではしゃぐ幼い子どもたちも、明日には苦しむ運命にあるんだ
こんなひどい世の中で暮らすなんて、なんて情けないものだろう
それはひとりひとりの責任、それでも僕らは
命ある限り生きてゆかなければならない
みんなには生きる権利があるんだ
子どもたちのために生きて行こう
未来を担う子どもたちのために
さあ、だから子どもたちを救おう
世界中の子どもたちに救いの手を差しのべよう
この世に誕生したばかりの子どもたちを救おう
誰かを愛したいと願うなら、
この世に生まれた全ての子どもたちを救おう
けれど、一体、誰が気にとめてくれるんだい
この世を
この美しい世界を
誰が心から救おうとしてくれるのだろう
消え失せようとしているこの美しい世界を救おう
みんな、賛同してくれ

  • コメント(閉): 0
  • トラックバック(閉): 0

明日のほうが、今日よりも賢い

子供が生まれたことで、未来に対する関心がずっと高まった。世の中がどんなふうに動かされているのか。
今の子供たちの世代には、未来があるのかすら確かじゃない。
情報化社会では人々が直接に世界のことを知り得る。
そんな新しい世界をいかに理解するべきなのか。
一億総評論家になった日本人だが、こと政治については、この期に及んで評論しているだけではダメ。すべての人が「こうするべきだ」という議論が必要。
満足したら、その途端、やることはなくなる。むしろ満足しないほうがいい。そうした姿勢でなければ、進歩はない。
お互いが同じ意見を持つ必要はない。それぞれが正しいと思ったやり方で、お互いの考えを重ね合わせながら良いものを作っていく、そうした意味の信頼関係を築くべき。
考えるべきは、今日ではなく明日のこと。
さあ、もっと議論しよう。

  • コメント(閉): 0
  • トラックバック(閉): 0

真贋 PART 2

老人というのは、人間の中の動物性が極限まで小さくなった、より人間らしい人間であって、それは老人が本来評価されるべき点である。
身ぎれいにして、見た目を意識すること。それが本当に必要なのは、実は年をとってから。
利害関係を第一に考えるのはやめたほうがいい。まったくゼロにすることは無理にしても、自分の判断力の中に、何気なく含めるというぐらいの気持ちで加えるようにするのが、いい人格のつくり方。
どんなことをやっている人でも、何かをやれば必ずそのものを価値化することになる。それと同時に、自分のほうは動物化、有機的人間化している。
その人の性格を決める、特に重要な期間が二つある。一つは乳児期、もう一つの時期は、前思春期に近い、十代の半ばぐらいのところ。
乳幼児期から前死思春期までの過程における母親の存在は重要。
西欧流では、生まれたばかりの赤ちゃんを、母親から離したほうがいいという考え方をする。それは早いうちから親から離したほうが、自立心が養えて甘えのない人間に育つということ。
日本の場合は、親が添い寝してしょっちゅう皮膚接触しているような育て方をしているので、日本人は甘えが強いと言われる。
大体人間は死ぬ間際まで、思い起こすのは母親のこと。
正面切って向き合って、怒るときは怒り、かわいがるときはかわいがる。
コンプレックスは生きるテーマになる。
生まれつきの性格の問題は、自分と問答する中で解決するしかない。解決しなくても、自問自答する中でそれは徐々に解消させることができて、人間関係については、その意識的に変えた部分でつきあうことができる。
人間として大切なことを考えたり、それを実現するために自分の行動の仕方を変えたりする意識が重要。
大切なことはその都度変わっていく。だから何が人生で重要だというふうに言われたら、大切なものと現状の自分との距離について考えていくこと。
その時代時代で、みんなが重要だと思っていることを少し自分のほうに引き寄せてみたときに、自分に足りないものがあって行き得なかったり、行こうと思えば行けるのに気持ちがどうしても乗らなかったりする、その理由を考えること。
世の中、理想の自分と現実の自分が違うことがほとんど。誰しもが葛藤を抱え生きているもの。
倫理や健康が極端に走るとき、とてつもない事態まで進んでしまう。
戦争には正義の戦争と不正義の戦争があるというような考え方、あるいは、善玉、悪玉があるという考え方はまったく嘘だということ。
すべてが逆な方向へと進んでいる。
社会的規模で武士道や男気が大切にされれば、道徳は回復するだろうというのは、もっともな意見。しかし、そんなことが簡単にできるくらいなら苦労しない。日本の社会は、すでによくなっているはずです。それができないのはなぜかと言えば、時代の発達のスピードが速すぎて、もはや、武士道や男気で何とかするというやり方では間に合わないほど、現状が進んでしまった。
いまの状況をどこで超えるか、ここだったら全体的に超えられるということを考えて見つけてやる以外にない。
欲望がすべて満たされたら満たされたで、人間はまた悩み始めているかもしれない。
現代は人類がかつて体験したことのないまったく新しい状態まできている。
よさそうでかつ害のなさそうなことをやる、小規模でもやっていくということ以外にこの新しい時代に対処する方法はない。
一つはっきり言えるのは、いいことをいいと言ったところで無駄だということ。
いいか悪いかではなく、考え方の筋道を深く追わなければ、問題の本質が見えてこない。
何はともあれ、いまは考えなければならない時代。考えなければどうしようもないところまで人間がきてしまったというは確か。人間としてというのは善も悪もやり尽くさない限り新しい価値観を生むことができないのかもしれない。いま、行き着くところまできたからこそ、人間とは何かということをもっと根源的に考えてみる必要がある。

  • コメント(閉): 0
  • トラックバック(閉): 0

ホーム > アーカイブ > 2011年4月のアーカイブ